2016年4月13日水曜日

「風化」させないように

久しぶりのブログになってしまいました。
また少しずつやっていこうと思います。

私は最近色んな人に話を聞いていただいたり相談させていただいたりしています。
サッカー関係の方もたくさんいらっしゃいますが、他分野の方もたくさんいらっしゃいます。

その時話したことについて少し。

喜ぶことも、悔しがることも、そういったことは全て選手(子供)自身が経験するもの。

試合に負けた、厳しいことを言われた、試合に出れない、そういったところで大事なのは経験した本人がどう捉えるかにある。

そこで「何も感じない」のならそれまでだが、「何か感じる」のならどうするべきなのか。

「好き」だから続けていることなら尚更。
続けていることが自分の「夢」にまで繋がっていることなら当然。

試合に負けた、厳しいことを言われた、試合に出れない。
だから「悔しい」
そこで終わってしまう選手がたくさんいる。

それは小学生だけではなく、中学生や高校生、さらには大学生や大人にも当然あること。

「あの人はよく褒めてくれる」
「あの人は怒ってばかり」

人それぞれ思うことはたくさんありそれぞれ違う感性や個性がある。

しかし見方を変えればこうも捉えれるという。

「あの人はよく褒めてくれる」という人を「子供に甘い」と言う人もいる。

「あの人は怒ってばかり」という人を「厳しくて良い」と言う人もいる。

もちろん捉え方は人それぞれありますが、要するにどうすることが選手にいいのか。

そこは「選手」と「指導者」の関係にあるという。

小学生年代だと必ず保護者の方々の協力が必要になりますが、サッカーになればそこは「選手」と「指導者」の関係。

「厳しさ」を避けようとして、選手たちが年齢を重ね大人になっていった時、その時の「厳しさ」に立ち向かっていけるようになっているのか。

大事な部分は「心」にあるのだと。

「心」が育たないと強くはならない。

その「心」を育てる一番の責任はどこにあるかといえば、「家庭」にあるという。

家でどれだけ会話を重ねているのか。

一緒になって誰かの不満や愚痴を言ってしまう人もいれば、何となく発した言葉に影響されることもある。

幼稚園や小学生といった子供たちの人間としての「ベース」はほぼほぼ「家庭」で築かれていく。

そして人としての「厚み」ができ、経験を吸収することができていき、人として大きくなる。

厳しい出来事や現実を突きつけられて、曖昧な表現で少しフォローすることの先に何があるのか。

自分の今の地点はここなんだとストレートに伝えることも大事なこと。

その後の様子をみて声を掛けたりチャンスを与えることが必要になってきたりする。

誰にでも言えることだが、自分自身が大きく変わろうと決断しなければ今の自分や今の習慣は絶対に変えられない。

自分が感じたことや気付いたこと、厳しいことなどの言われたことも含めて、「風化」させないようにしないといけない。

自分の「やりたいこと」や「夢」への「本気度」が試されていく。


と、たくさん話があって書かせていただいた話がまとまっていなくて申し訳ありませんが自分自身も色々考えさせられました。

「このままでいいのか」を自問自答出来るようになろう。


yu-ki.

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